河竹黙阿弥関連エントリー

「街を巡る」中野界隈「河竹黙阿弥の墓」

続いて源通寺の山門をくぐる。こちらの墓所に江戸の末から明治 中頃に活躍した劇作家「河竹黙阿弥」(1816~1893)の墓がある。 黙阿弥は、盗賊を主人公にした“白波物”を得意とし、リズミカ ルな七五調に掛嗣や縁語を使い“黙阿弥調”と賞され ...

「街を巡る」中野界隈「河竹黙阿弥の墓」

河竹黙阿弥と竹柴其水のこと

河竹黙阿弥と竹柴其水のこと 竹柴其水は河竹黙阿弥の三番目の弟子ともいう人で『皐月晴上野朝風』の脚本で『天野八郎の場』『本所金魚屋の場』は河竹黙阿弥が書いたという。日本戯曲全集 第32巻 河竹黙阿弥の俳号(其水)を明治20年頃に ...

河竹黙阿弥と竹柴其水のこと

河竹黙阿弥

... 2004年11月国立劇場にての演目の一つ) 噂音菊柳澤騒動は1903年に河竹黙阿弥の手による 「裏表柳団画(うらおもてやなぎのうちわえ)」の外題で 演じられて以来101年ぶりの復活だそうです。 筋書きは残されているものの ...

河竹黙阿弥

[読書]河竹黙阿弥「弁天小僧」「鳩の平右衛門」

黙阿弥の「弁天小僧」はかなりよくかかる芝居で、これまで度々観てきたが、完全通しというのはなくて、あっても胡蝶の香合に関わるところを刈り込んで前に出している程度。今回、大詰まで読んでみて「なるほど」と思った。 ...

[読書]河竹黙阿弥「弁天小僧」「鳩の平右衛門」

歌舞伎狂言作者・河竹默阿彌の忌日

今日(1月22日)は、歌舞伎狂言作者・河竹默阿彌(2世河竹新七) の1893(明治26)年の忌日。『三人吉三廓初買』『青砥稿花紅彩画』等の人気狂言を書き、近松門左衛門、鶴屋南北とともに、三大歌舞伎作者の一人とされている。 ...

歌舞伎狂言作者・河竹默阿彌の忌日

河竹黙阿弥とは?

河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ、文化 (元号) 文化13年2月3日 (旧暦) 2月3日(1816年3月1日) - 明治26年(1893年)1月22日は、江戸時代幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作者。本名は吉村芳三郎。江戸日本橋生。
幕末期には、名優市川小団次と提携し『三人吉三廓初買』や『小袖曾我薊色縫』(通称:十六夜清心)など数々の名作を発表する。明治になっても創作力は衰えず、歌舞伎界の重鎮として活躍した。この時期の代表作としては『天衣紛上野初花』(通称:河内山と直侍)や『新皿屋敷月雨暈』(通称:魚屋宗五郎)などがある。明治期に入ってからは、劇聖と呼ばれ活躍した市川團十郎 (9代目) 九代目市川團十郎にも作品を提供、生涯に発表した作品数三百余。坪内逍遙は、黙阿弥のことを「江戸演劇の大問屋」「明治の近松」「我国のシェークスピア」と高く評価した。

河竹黙阿弥の詳細

河竹黙阿弥に関するニュース


井上ひさし追悼公演「黙阿弥オペラ」開幕
日刊スポーツ
藤原竜也(27)主演の井上ひさし追悼公演「黙阿弥オペラ」(8月22日まで)が18日、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターで幕を開けた。そば屋で知り合った庶民たちと河竹黙阿弥との騒動を描いた作品で、井上氏はざる売りの五郎蔵役に「藤原さんにぴったり。 ...

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歌舞伎・快優列伝:三代目澤村田之助/3 右足切断から舞台復帰、評判をとる
毎日新聞
同年5月に田之助がつとめるはずであった河竹新七(黙阿弥)の新作「姐妃のお百」も激痛が治まらず、家橘が代わった。 江戸の名医にかかったが病状は悪化。紹介を得て同年9月15日に横浜居留地に治療所を構える米国人医師、ヘボンに見てもらい、手術で右足を ...


歌舞伎・快優列伝:三代目澤村田之助/2 悪婆物に飽きたらず、荒事役にも挑戦
毎日新聞
田之助にあてて「切られお富」(1864年)以降、多くの作品を書いた河竹新七(黙阿弥)の弟子、竹柴其水は「性質は勝気でしたが見た目は実に女らしくつて綺麗(きれい)で、スラリと優形で、芸に熱心でしたよ」と後年、その人となりについて語っている。 ...


歌舞伎・快優列伝:三代目澤村田之助/1 14歳の若さで守田座の立女形に
毎日新聞
守田座で田之助は、彼にあてて河竹新七(黙阿弥)が書いた「切られお富」のお富を演じることになる。人気作品の「切られ与三郎」の主役を女形に書き換えた作品だが、初日前に同座は全焼。初演は同年7月の再開場に延びたが、同作品を皮切りに、田之助は彼にあてて書かれた ...